*注意:この作品はPS2版DQ5のネタバレを若干含みます*
貝殻の唄 世界が平和になり、グランバニアにもようやく初夏が訪れようとしていた ある日の事。 王室の一室ではグランバニア王国王妃フローラが部屋の掃除をしようと考え、 メイドたちを集めていた。 普段の清掃ならメイド達もしているのだが、 それだけではない場所や普通出来ない所を清掃するには 今日しかない。ちょうど良い日というのは中々こない。 と言うのも、険峻ヴォミーサの山脈を越えた先にある 東国グランバニアの場合、この時期 山脈の村チゾット付近から山麓に吹き込む冷風と海からの 温風の衝突によりグランバニア地方は天候がコロコロ 変わっていく。 もうすぐ本格的な夏がやってくる。 いくら高地に位置するグランバニア王国と言えども戦時には ある程度の食料を確保し、保存用の肉を胡椒や香草と言った 香辛料に漬けて干し肉にしたり、燻製にして 精肉加工しなければならない。 まあ今となっては果たしてその「戦時」というのが 本当に来るのかどうか。 その為にも今のうちに片付けられるものは片付けておきたい のである。 フローラは王族の部屋を大掃除する為色々と支度をし始めていた。 雑巾やアルカリ性である灰汁など、清掃に使う物が 揃えられていく。そしてそれを一つ一つ細い指で確認していくフローラ。 垂れてくる髪をそっと小指で直し、艶やかなピンク色の口紅が 強調しすぎない程度に塗られ、潤いある唇は艶々と輝いている。 そして心地よいハミングと共に彼女の鼻歌が聞こえてくる。 中に入っている物を一つ一つ確認して 控えているメイドたちに渡していく。 本当なら自分はメイドたちに指示を出しておけば良いのだが 自分もする、と言って手伝う事にしたのである。 しかし王妃用のちゃんとした服装をしなければならないのに、 彼女は普段の格好に可愛らしい刺繍が施された 絹のエプロンと頭巾を被っている。その様子はどこかの村娘と 大して変わらない。 これで熟した果物の入った篭を持って街中歩いたら 本当に見間違えてしまう事だろう。 「さあ、頑張りましょうね」 フローラの声と共に 魔物たちやメイド、子供達が一斉に鬨の声を上げる。 エビルアップルのアプールは器用に塵取りを口にくわえ、 ドラキーやメッキーは全身を埃まみれにしながら天井を掃除した。 またスラりんは子供達の手伝いをし、フローラは換気の良い 葛篭藤で編んだ葛篭に日干しした衣服を丁寧に折り畳んで入れていく。 それを手伝うメイド達。またガンドフは何故かノンビリと して、メイドの一人に怒られ隻眼の戦士アンクルホーンのネロは 剣からモップに持ち替えて床面を拭いて行く。 ただ皇子がネロとモップでチャンバラをするので全く進まない。 そうして何時間が経ち、大体落ち着くとフローラはメイド達と一緒に 作ったお昼ご飯を用意して休憩する事にした。 ただ廊下にはメイドに怒られたのか、ネロと皇子がバケツ持ったまま 立たされている。 まあ後はチョコチョコとした物を片付ければ終わりなのだが、 ここまで来るのにやたらと時間だけがかかってしまった。 さすがに掃除が終わる頃にはメイド達もフローラも腰かけるほどに 疲れ果て、腰を下ろしていた。 「もう・・・お嬢さん方、大丈夫ですかぁ?御婆さんですよぅ?」 その間をピョコピョコと動くアプール。 「まあ・・・僕みたいに一生懸命働いた若者は別として・・・・」 言わなければ良いのに、余計な事まで言って空気が冷ややかになる。 だがアプールは気がつかない。 「まあ僕はエビルアップルですし・・・皆さんみたいな御婆さんに若者が・・・」 「アプール」 「はい!何でしょうか、奥様」フローラが何故かニコニコ笑っている。 だがそれが怒気を孕んでいるとは到底気がつかない。 そして・・・・・・・・ 「剥きますわよ、アプール」 アプールの顔が一瞬で恐怖の表情になり、目が大きく見開いていく。 赤く熟しきった林檎の表面を冷や汗が滴り床面に染みを作る。 そしてフローラの手にはたまたま手にしていた果物ナイフ。 本来は子供達のために熟れた桃を剥いてあげようと手にしていたのだが それが逆に脅す結果になった。 ニコニコ笑うその顔にアプールは顔が引きつっていく。 本気だ。この人剥こうとしている・・・・・ 「あっ!見て!」 アプールの目がカッと光った。思わず怯む女性陣。 「な、なに!」 「もう・・・またぁ!」 モロに光を浴びたメイドたちはクラクラと 倒れこむ。 フローラはシオンと共に旅を続けてきた経験からか、 思わず顔を伏せて光を凌いだ。 「アプール!!お待ちなさい!ちょっとお話があります!」 「ごめんなさ〜〜〜〜い!!!!」 遠くでアプールの声がする。 どうやら光ったその隙にとっとと逃げてしまったようだ。 不気味な光をこうして使うというのもエビルアップルならでは、 なのだろう。 皇女もそんなフローラとアプールのやり取りを見ては笑っていたが、 ニコニコ笑っているフローラの脇に大事そうに置いてある宝箱を見て 首をかしげた。 「ねえ、母様。それなあに?」 皇女の愛くるしい目にフローラは ニコニコ笑って皇女の口元に指をあてる。 「これは・・・・ひ・み・つ、です」 フローラの頬が真っ赤になっているが、それでも彼女は ニコニコと笑って笑みを絶やさない。 「ねえ、教えてよ〜母様〜ねえ〜」 皇女がフローラのスカートを 掴んで離さない。 まるで子犬のようにフローラのまわりをクルクルと 回っては抱きつく。 「母様〜〜〜教えてよう〜〜〜」 「そうねえ・・・・これはお嫁さんになった時 渡しましょう・・・それでは駄目ですか?」 「駄目〜今がいいの!」 「どうして?大人になったら見せるって言っているでしょう?」 「だって・・・・私母様に抱いてもらった事ない・・・・・ 私寂しかった・・・だから・・・もっと甘えたいなって・・・駄目かな・・・ グスン・・・・」 愛くるしい瞳にどんどん涙が溜まる。 それを聞いたフローラはハッとした。 気がついてみれば 自分は赤ちゃんだった二人をあまり抱いていなかった。 あのジャミという馬魔が私を誘拐しなかったなら 今頃はラインハット王国のヘンリーやマリアのように同じく 年を取り28歳になっているはずなのに。 そして赤子の抱いた時の感触。シオンの喜ぶ顔。 そのまま抱き合ってキスを交わす。ただすぐ双子が泣くので あやしてしまうが、二人から笑みが絶えることはない。 それだからこそ、フローラとシオンは出来る限り子供達に甘えさせてあげようと 考えていた。 皇女の言葉をシオンから聞いた時のショックは忘れられない。 「私・・・・母様の顔よく覚えていないんだ・・・・ でもね、柔らかくてあったかかったの だけは覚えているよ」 だから・・・・フローラは時々思ってしまう。 確かに自分と主人は8年近く石になっていて 離れ離れに捕らえられていた。 その間子供達はしっかりと大きく育ち、自分達を 探しに来てくれた。それが嬉しく自分の子供達が勇者の血筋だと 分かった時フローラとシオンは抱き合うぐらいに喜んだ。 でもどこかで何かに気がついた。 自分達は一体何をしているのだろう。 分かったフリだけを していたのでは無いだろうか。 もしかしたらフローラやシオンはその時代に 取り残された者なのかもしれない。 ヘンリーやマリア、ビアンカ、アンディ・・彼らはどんどん 先に進んでは自分達をどこかで置いてきてしまっているのでは ないだろうか。 勇者を探そうと旅を続けていた自分達を 横目にアンディやビアンカは どんどん先に進んでは道を見つけ出そうとしている。 それなのにまだ自分達は昔に囚われて勇者を探している。 もしかしたら私たち夫婦は ここにいてはいけなくて、世界のどこかに本当の自分達がいて、 それはルドマンの家でもなく、グランバニアのお城でもなく、 サンタローズでも、修道院でもなく ひっそりと森の中で生活しているのではないだろうか。 それは小さくて幸せに満ち足りた世界。 シオンとフローラ。 ただどこにでもいる普通の夫婦。 剣や杖で相手を斬ったり魔法で攻撃したりする事はなく、 どこにでもいる普通の夫婦。 少年は斧で薪を割り、少女は田畑で取れた新鮮な農作物を 町に売りに行く。もしかしたらカボチ村で生活しているのかもしれない。 そうして子供達もいて慎ましい生活。 もしかしたらそれが本当の事なのかもしれない。 その私は子供達を叱ったり、撫でてあげたりしている。 でも・・・・・・。 「母様?」 皇女の言葉にフローラは我に帰った。 「えっ?どうしたの?」 「隙あり!」 皇女がガンドフ並にボーっとしているフローラから 宝箱を奪い取るとそのまま蓋を開ける。 「あっ!こら!」 フローラが止めようとするがすでに遅く、皇女は宝箱を開けてしまっていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 メイド数人も宝箱を覗き込む。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・母様・・・これ何?」 「見ての通りよ」 「宝石とか・・・入っているじゃなくて・・・・どうして貝殻なの?」 「宝箱だから宝石というのは間違いよ。私はべつに宝石が 入っていますって言っておりませんもの」 そこにあったのはシャンデリアの光を受けてキラキラ輝いているピンク色の 巻貝であった。巻貝をクルクル回すたびに皇女の可愛らしい顔が映り、 触ると壊れてしまうぐらいの脆さがあった。 「巻貝・・・・きれい・・・・これどうしたの・・・・?」 「これは・・・初恋の男の子から貰ったものなの。恥ずかしいから・・・・ もう返して」 「えっ!!!だって初恋って・・・・父様がいるのに・・・」 「う〜ん・・・・何と言ったら良いのかな。この巻貝はね、 私の想いとその子の想いがたくさん詰まったものなの」 フローラはゆっくりと話し始めた。遠い遠い昔のお話。 もう20年も昔のお話を。 幾たびの海と荒波を越えて、ルドマン家所有の船、 ストレンジャー号がビスタ港に向かっていた。 そして荒々しい海の男達の怒号と命令が飛び交い、 それに追随するように鴎やイルカ達が楽しそうに 船の周りを飛び交う。イルカたちは船を興味津々に 追いかけ、円らな瞳は甲板にいる少年だけを映す。 だがそんな楽しい旅も突然終わろうとしている。 そうビスタ港に ストレンジャー号が入港からだ。 すぐに船長は錨を下ろす ように命令すると船の上はまるで戦場と化し、 他港からのお土産物を運び出す船夫たちでごった返す。 人や荷物で甲板は一杯だと言うのに、それを掻き分けるように 走る少年では逆に船夫たちにとって邪魔になってしまう。 だが、逆に小さい少年の身体ではそんな逞しい船乗りたちを 退かす事は出来ない。 船長は少年に到着したので父親に言っておいで、と言ったのは こういう訳もあった。 さすがに濡れた甲板の上をちょこまかと走り回ったのでは 逆に危ないし、船員たちが危険になる。 マストの帆に張ってあるロープすら 大の大人が使い方間違えれば指ぐらい切ってしまう。 そうして父親と少年がストレンジャー号を降りようとした時 恰幅の良い男性が船に乗ろうとした。 そう、この船の所有者ルドマンその人である。 彼は仕事でこの地方を旅してきたのであるが、それは 愛娘を連れての旅であった。 ある旅人や同行した剣士達は 愛娘を連れて行くことには反対していた。 道中何が 起こるかわからないからである。 またルドマン家の内部の 不届き者が愛娘の「素性」を知って何かを仕掛けてくるかもしれぬ為、 そうした事はしない方が良いと何度もルドマンに申し出ていた。 だが、ルドマンは曲げなかった。 こういう時のルドマンは父祖トルネコ並みに 頑固になる。わがままと言ってもおかしくない。 それだけ意思が固いのである。 一瞬だが愛娘の父親ルドマンと少年の父親パパスの目があった。 どこかで 会った事がある。お互いそういう目をした。 パパスの王族としての鋭い視線に ルドマンの政商としての見極めの視線。 勇者という存在を探し、 世界各地を転々と駆ける英雄。 王侯貴族らを 相手に商売という勝負をする政商。 ルドマンとパパス。どこか違えどもその時代が必要とした寵児。 そしてその判断が間違っていない事が明らかになるのはもっと後の世の事。 もし世界が闇に包まれ、勇者が立ち上がったときには 二人は大義の為に粉骨砕身し身を尽くすだろう。 しかし二人ともまだその時ではない。 だが連れていた少年がまだ忘れ物をした、という言葉にパパスとルドマンの緊張が 解け、すぐに少年が船室に降りてしまうと二人の間には先ほどの 殺気ばった雰囲気は消えていた。 愛娘もお供の人に連れられて部屋へと 案内されていく。 どこをどううろついたのか分からないが、少年は船の最後尾にある 豪華な部屋に入ってしまう。 もちろんそれはただの偶然でしかない。 ただ呼ばれたような気がしたからその部屋に行っただけ。 賽は投げられた。輝く後世の歴史の為の布石が今なされた。 少年は少女に出会う。愛娘フローラは三面鏡の前でため息をつく。 海が嫌い。それだけは分かる。何か見ていると吸い込まれてしまいそうになる。 だから海は嫌い。 目を背けたくなるのだけれど、こればっかりは仕方がない。 だが三面鏡に映った少年を見て、少女は叫び声もあげずに 少年に聞いた。 あなたは海がお好き? 私は嫌いなの。 ううん、僕は好きだよ。だってイルカもいるし鴎もいるじゃない。 それに風が吹くと気持ちいいよ。 そう・・・・私には分からない。 だったら外に出てみようよ。きっと楽しいから。 少年は躊躇う少女の手を取って外に連れ出す。 断ることだって出来たのに、少年の小さな手が少女の手を ギュッと掴むと少女の頬が思わず赤くなる。 でも それが何と心地よくて、気持ちよいのだろう。 そして二人はドアを開ける。神々しい光が部屋を満たし、 二人はその中に溶けていく。 そこに見える光景は少女が感じたことのない風景。 一人で見た時は恐ろしく感じたのに二人で見た時は 何と面白く、光り輝いているのだろう。 眩しいのに 何故かじっとその光の先を見ていることが出来る。 燦燦と光り輝くこの世界。何と美しく、波間に揺れる日の光が 眩しくキラキラと輝き、港の岸壁に打ち付ける波飛沫が 太陽の光を浴びて瞬き、宝石のように輝く。 怖くない。この子だったら良い友達になれる。 少女は再会を誓おうとしたが証拠となる物が無い。 何かあると良いのだけれど三面鏡の机の上には何も無い。 果物では腐るし、指きりしたのでは忘れてしまうかもしれない。 そんな時少年は一つの貝殻を取り出した。 ピンク色に輝く巻貝は 少女の心を奪った。どんな宝石よりもそれは輝く。 心の中に キラリと輝く真珠のように。 これあげる。またどこかで会って、海見せてあげる。 怖い海だけじゃないよ。どこかで一緒に見ようよ。 それで一緒に笑おうよ。ねっ。 少年の優しい笑みに少女もニコッと笑う。 じゃあね。どこかで。 うん。じゃあね。 そして少年が光り輝く外へ飛び出していく。 少女はいつまでも それを追いかけていた。 心の奥底に灯った小さな恋心と共に。 「でもその子今どうしているの?父様 それ知っているの?」 「うふふ。さあ誰でしょうね」 フローラはそう言うとそのままスタスタ台所のほうに行ってしまう。 「ねえ、ねえ・・・母様教えてよう〜誰なの〜」 「さあ・・・誰でしょうね」 「じゃあさ、じゃあさ、今はどうなの?海好き?」 「ええ。好きよ。海大好きだもの。シオンさんと同じくらいにね」 それを聞いた皇女はエッと驚く。もしかしてその少年というのは・・・・ 「もしかして・・・・・」 「ひ・み・つ」 フローラがそっと皇女の口元を指を当てる。悪戯っぽく笑い、ウィンクする。 「駄目よ。女の子はね、色々と秘密があるものなのよ」 END |
投稿者(おんしー様)のコメント 貝殻の唄、という題自体あまり考えておりませんでした。 ただこういうシチュエーションは皆さん もよく考えておられると思い、私なりの解釈を加えながら 書いてみました。ゲームでは貝殻なんて出てきませんが、 こうだったら楽しいのではないかと思いアイテムとして付け加えて みました。 まだ不十分なところがありますが、楽しめたらと思い書いてみました。 管理人のコメント 幼少主人公とフローラのやりとりが、とっても素敵でした!そして王女とフローラのやりとり…微笑ましいところもありつつ、王女の涙から様々な思いに捕らわれるフローラに…(涙) 対アプールの小悪魔っぽいフローラもとても可愛かったですv(笑)おんしー様、ありがとうございました! |
写真提供:「ひまわりの小部屋」