*注意:この作品はPS2版DQ5のネタバレを含みます*




 再会



「はぁ……」
 着慣れないタキシードの襟元を緩め、新郎となった男は大きくため息をついた。
 日が落ちてもなお続く宴から抜け出したコウガは、会場から少し離れた橋の手すりにもたれかかり、星空を見上げながら酔いを醒ましていた。
 さすがに十人以上の人を連れてのルーラの往復は疲れる。それに、他人の記憶をたどって転移することが、これほどまでに難しいなんて知らなかった。
 ヘンリーめ、ルドマンさんにルーラを教えたことを恨むぞ。そうコウガが心の中で愚痴りたくなるのも無理からぬことだった。そんな時に、ふと自分を呼ぶ声が聞こえたので、コウガは振り返った。
「コウガさん、こんなところにいたのね」
「やぁ、フローラさん」
 自分の妻となった女性に、コウガは軽く手を振って見せた。フローラは純白の花嫁衣裳から清楚なドレスに着替えていたが、やはり彼にとってはどちらも眩しく見える。
「急にいなくなられたものですから、心配しましたわ」
「これは、すみません」
 申し訳なさそうに、コウガは頭を抱えながら無礼を詫びた。
「どうも、あぁいう賑やかなところは苦手でして。それに、今日はちょっと疲れた……」
「……ごめんなさい、コウガさん」
 ルーラのことが原因と気づいたのだろう。フローラはすまなそうに頭を下げた。
「父がカジノ船で結婚式を挙げようとなんて言い出さなければ」
「い、いいんですよ! フローラさんが気にすることじゃ、ありません」
 沈んでいくフローラをなんとか慰めようと、コウガはわざと明るく振舞う。
 そんな夫に、妻はどこかおかしそうにクスッと笑った。
 その意味ありげな仕草に、コウガは目をぱちくりさせる。
「あ、あの、何か、気に障るようなことでも」
「コウガさん、私達、夫婦になったのですから、いい加減さん付けや敬語はおやめくださいな。それでは、いつまで経っても他人行儀ですわよ?」
「こ、これは、失礼を、あ、い、いや……」
 コウガは回らなくなった舌を一度ストップさせて、深呼吸した。なんとか落ち着きを取り戻して、言った。
「すまなかった。ごめんね、フローラ」
 まだ、なんだかぎこちない感じだったが、フローラは満足した様子で、リュカの隣に寄り添った。
 綺麗な人だ。近くにいて、改めてコウガはそれに気づかされた。
 美人で、誰にでも優しく、お金持ちのお嬢様だということを鼻にかけない清純な人。この人が、自分のプロポーズを受けてくれるなんて、ちょっと前までは信じられなかった。いや、今でもそうだ。
 なぜなら、自分とフローラは出会って間もなく、ろくに話すらしたことがない。友達でも、恋人でもない。はっきり言ってしまえば、赤の他人同士なのだ。そう、他人同士……
 それなのに、初めて出会った瞬間に、恋してしまった。まるで、以前どこかで出会ったかのようなデジャヴすら感じて。
 だけど、この気持ちは、僕だけの一方通行のものじゃないのか。フローラは、本当は僕のことなんて……
「コウガさん?」
 フローラの声に、コウガはハッとした。気がつくと、フローラが心配そうに横から自分を見つめている。
「どうしたんですか。さっきから、黙って俯いてばかりで」
「あ、いや、その……」
 返す言葉は、自分でも情けなくなるほど曖昧だった。コウガは俯いてしまい、目を瞑ったまま、じっとしている。いつまで経っても答えを返してもらえず、フローラは諦めて視線を池に向けた。水面に写る満月を見つめながら、彼女は小さく、だが、コウガにとってインパクトのある言葉を発した。
「やはり、後悔しておられるのですか」
「えっ」
 驚いて振り返ると、フローラの目はどことなく、潤んでいるように見えた。
「あなたは、本当は、ビアンカさんの方が……」
「ち、ちがっ」
 違う! といいたかったが、その言葉はすぐに次の彼女の声にかき消された。
「お二人の関係は、出会った頃から気づいていました。そして、ビアンカさんの気持ちも」
 重く語るその告白は、コウガの胸を痛いほどに締め上げさせた。
「とても、太刀打ちできないと思った。私では、お二人の間には入ってはいけないと。だから、せめて、お二人が気持ちよく結ばれるように……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 コウガはようやく口を挟む。
「じゃあ、あの時わざとビアンカを呼び止めたのも、最初から、そのつもりで」
 こくり、と頷くフローラ。
 ……しまった! コウガの身体を電流が駆け抜ける。
 ようやく、彼は自覚した。自分自身が犯してしまった過ちを。
「参ったな、参ったよ、こりゃ」
「コウガさん?」
 バツの悪そうな顔をしていても、どことなく、安堵の表情を浮かべるコウガに、フローラはエッと顔を上げた。
 なんてことだ。コウガは自分を思いっきりぶん殴ってやりたくなった。今の今まで、ここまで愛されていたことに気づきもしなかったのだ。涙ながらに語る彼女の言葉に、嘘偽りなど、あるわけがなかった。
「フローラ、僕は、天空の盾を手に入れるためだけに、君を貰うような、安っぽい男に見えるかい?」
「い、いいえ! そんなことは、でも……」
「確かに、悩んださ。君も、ビアンカも、僕にはもったいなさすぎる女性だ。それに、どう考えても、君と僕では身分も違えば、住んでいる世界だって違う。かなわぬ恋だって、ずっと思っていたさ」
「……それじゃあ」
「あぁ」
 コウガは、少し照れくさそうに後ろ髪をかき回しながら、言葉を続けた。
「天空の盾のことなんて、今になるまで、すっかり忘れていたよ、フローラ」
「コウガさんっ!」
 感極まって、フローラはコウガの胸に自らの身体をなげうった。彼は、そんな彼女をしっかりと抱きとめた。愛しい人のぬくもりが、十分に感じられるように。
 心の中のわだかまりが溶けていく。そうだ、全部溶けて、なくなってしまえばいい。
 フローラを愛している。そして、フローラも僕を愛してくれている。なんであろうと、それが真実なんだ。

 月夜の下で、二人はずっとお互いのぬくもりを感じ合っていた。



  「……ねぇ、フローラ。起きているかい?」
 ベッドの中で自分の胸板に身を寄せている妻にそっと声をかける。フローラの意識はまだ現実にあるらしく、「はい?」と返事を返して自分を見つめ返してきた。
「一つだけ、聞いていいかな。君はなんで、僕のプロポーズを受けてくれんだい?」
 それは、コウガにとって唯一の気がかりなことだった。
「僕らは出会って間もないし、会話だって、ろくにしたことがない。そんな男がいきなり夫になるだなんて、イヤじゃなかった?」
「ふふっ、私は今、怖いほど幸せですわ」
 うっとりとした表情で語るフローラ。だが、すぐに、やや笑顔を曇らせた。
「……けど、もし、あなた以外の人が二つのリングを集めていたら、私は家出していたかもしれませんね」
 そういって、またクスッと微笑む。今のこの甘えた妻を見ていると、あながち冗談とも思えないコウガだった。
「私があなたのプロポーズを受けたわけは、ただ一つ。それは、私にとっての初恋はあなただから、それが、理由です」
「……え?」
 その言葉を聞いて、さらにコウガは困惑してしまった。
「ぼ、僕が聞きたかったのは、そういうことじゃなくて、その、いつから、僕のことを?」
「あら、残念ですわ」
 さほど残念でもなさそうな顔振りをしながら、フローラは言った。
「あなたは忘れてしまったのね。十年前……旅慣れていなくて、船の上でさびしそうにしていた小さな女の子に、声をかけて励ましてくれた男の子のことを……」
「……あっ!」
 埃をかぶっていた記憶の引き出しが開く。
「そ、それじゃ、まさか、君はあのときのおんなの…んっ」
 フローラの思いがけない大胆の行動に、コウガの心臓はビクッと跳ね上がった。
 ……また、会えましたね。
 唇を合わせる瞬間、確かにフローラはそう語っていた。喜びに打ち震えた声で。  





 END





投稿者(花屋敷史佳様)のコメント

 PS2版DQ5にあわせたSSです。  なんと、今作ではフローラの初恋の人は幼年期の主人公のようですね(ポートセルミでの船着場で、そのようなニュアンスを含んだことをフローラが言っているのですvv)
 それじゃあ、二人は初恋同士で結婚したことになるじゃないか!(うちのコウガくんは、初めて女性を意識したのがフローラ……ということになっております) やっほー! ということで、思い切ってSS書いてしまいました。
 うーん、いかがでしょうか? 少しでも、「主フロラブラブでサイコーッ!(笑)」と思って頂ければ幸いです。


管理人のコメント

主フロラブラブでサイコーッ!ですよ(笑)お互いに思いあっているのに、相手を思いやるが故にすれ違ってしまう…主フロってそんな感じがとても似合うと思うんです。いや、もちろん最後にくっついと貰わないと困るのですけどね(笑)

ポートセルミのあのセリフは本当にドキッとしてしまいますvリメイク版は、フローラがいっぱい喋ってくれるので、妄想ポイントがそこら中にあって、幸せです。お互いに初恋…いいですねvv

そうそう、なぜ背景が桃の花かというと…桃の花言葉が「あなたに夢中」だからです。二人とも10年前から夢中だったんですよvv花屋敷様、ありがとうございました!








写真提供:「カナリア