*注意:この作品はPS2版DQ5のネタバレを若干含みます*



 
 出会い



「あ、ありがとう……」
 渡し橋から甲板へ下ろされた少女の声は、まだどこか震えているようだった。
 パパスは少女がちゃんとお礼が言えたことに感心して、彼女の頭を撫でてやる。
「旅の方、ありがとうございます」
 少女の父らしき恰幅の良い中年の男が礼を述べる。女の子の方は恥ずかしがりやなのか、船に上がるや、すぐに父の後ろに隠れてしまった。
 そんな彼女が気になって、コウガは父と少女の顔を代わる代わる見なければならなかった。
「可愛らしい娘さんですな」
「いやはや、目に入れても痛くないほどですよ。フローラは」
「ほぅ、フローラちゃんですか。いい名だ。見たところ、うちのコウガと同い年のようですな」
 二、三度言葉を交わすだけで、息が合うところがあったらしい、パパスとその男……ルドマンは子供のネタにしてすっかりと談笑としゃれ込んでしまった。
 取り残された子供たちは、ふと目があった。
 フローラは慌てて俯いてしまいそうだったので、コウガは急いで笑って見せた。その気さくな笑みが彼女の緊張を解したのか、フローラは再度顔を上げると、コウガに対して微笑を返した。
「あぁ、フローラは先に船室へと行っていなさい。お父さんも、すぐいくとしよう。すまないが少年よ、私の娘を船室まで案内してはくれないかね? なにぶん娘はこの船は始めてなものでね」
「うむ、そうしてやるといい。コウガ、いっておあげなさい。場所はわかるな?」
「うん、大丈夫だよ」
 あの大きくて豪華な部屋のことだな、とすぐにわかったので、コウガは案内役を引き受けた。
「さぁ、いこ、こっちだよ」
「うん」
 コウガがフローラの手を握る。すると、とても柔らかくて、少し冷たいので少年は思わずドキマギしてしまった。

   ルドマン専用の客室は、広々として豪華なものだった。
 立派な家具やインテリアが置かれたその部屋にいると、ここが船の中だということを忘れてしまいそうになる。
「あなたもお父さんと旅をしているの?」
「そうだよ。ずっと旅をしているんだ」
「そうなの、わたしもよ。わたしも、おじさ……お父さまと、ずっと旅をしているの」
「へぇ」
 きっと、快適な旅なんだろうな、とコウガはこのお金持ちのお嬢様を少し羨ましく思った。けど、そう答えるフローラの方は、どことなく元気がない。
「……どうしたの?」
 気になって聞いてみる。
「コウガさん、旅は、面白い?」
 反対に質問されてしまった。
「面白いよ」
「ほんとに?」
「うん、たしかに、ちょっとは苦しい時もあるけど、だけど……」
「だけど?」
「お父さんが一緒だもの、えへへ」
 小恥ずかしそうにコウガは笑った。だが、その答えは、返ってフローラを沈めることになってしまった。
 また俯いてしまう彼女に、まずいことを言っただろうか、とコウガは不安になった。
「フローラは、旅が、嫌いなの?」
「ううん」
 フローラは首を横に振った。
「嫌いじゃないわ。だけど……」
 自分の父は、本当の父親ではない。そんなこと、言えるわけがなかった。
 そんなことを言えば、この少年はどんなにショックを受けるか、幼いフローラにも、それがわかっていた。
「不安なの。わたし、これからどうなっちゃうのかなって」
 フローラには物心ついた時からお父さんも、お母さんもいなかった。それが、あのルドマンという大富豪に見初められて、彼の養子となったのは、ついこの間のことだった。
 これから自分は、会ったこともない母と、行ったこともない故郷サラボナへと帰るために、船に乗る。そこでの生活が、果たしてどのようなものなのか、フローラには、それが不安で仕方がなかった。
 ルドマンは優しくて、自分にとてもよくしてくれる。だけど、やはりフローラはまだ彼にも、全ての信頼を寄せることはできなかった。あと、もうちょっとしたら、この人を違和感なくお父さまと呼べるだろうか。だけど、その日が来るまでは、自分はたった一人なのだ。
「フローラ……」
 コウガには、彼女がどうして悩んでいるのか、薄々とだが、感じていた。はっきりとはわからないが、フローラの不安が、自分にも伝わってくる。それは、とても胸を締め付けさせるものだった。
「フローラ、外に出よ」
「え?」
 突然言うなり、コウガが手を引っ張ったので、フローラはドキリとしてしまった。
「ね?」
「う、うん」
 コウガに手を惹かれて、フローラは船室を出る。
「こっちだよ!」
「ま、まって!」
 バタバタと走るうちに、二人がたどり着いたのは、船首の甲板だった。
 そこは、船の上で一番見晴らしの良いポイントだった。
「ぼく、船に乗っている間は、ここでずっと海を見ていたんだ」
「海がすきなの?」
「うん、フローラは」
「わたしは、ちょっと怖いけど、嫌いじゃ、ないかな」
 下を見ると落ちてしまいそうで不安に駆られるが、はるか前方の地平線の景色はフローラは好きだった。
 打ち寄せる波も、カモメの鳴き声も、優しい潮風も、どれも皆心地よい。
「ありがとう、コウガさん」
「気持ちが、楽になった?」
「うん」
「よかった」
 コウガの笑顔は、ほっと胸を撫で下ろすものだった。
 その笑みが、フローラの胸にギュッと締め付けられる。
「う、うぅ……」
「え、フ、フローラ!?」
 急に泣き出してしまったフローラに、コウガは慌てて飛び起きた。
「ど、どうしたの、ど、どこか痛いの!」
「ううん、ちがう、違うの、ちがう……」
 涙を手で拭って、フローラは何度も違うを繰り返した。
 それは、無意識のうちに少年がかけた魔法だったかもしれない。広い海と、彼の優しい心遣いに、フローラの中で溜まっていたモヤモヤとしたものが、一気に外へと出たから、彼女の胸がスゥーッとして、嬉しくて、そして泣いてしまったのだ。
「ありがとう、ありがとう、コウガさん」
「お、お礼なんて、いいよ。僕たち、友達でしょ?」
「お友達?」
 フローラは目を大きくした。
「ああ、そうだよ。もう、僕とフローラは友達さ」
「うれしい。わたし、友達がいなかったから、コウガさんが、初めての友達なのね」
「そうだよ、フローラ」
 ギュッと、手と手を握り合う。
 それだけで、胸のうちがいっぱいになっていくのを、二人は感じていた。

   だが、別れはすぐに訪れる。
 コウガはサンタローズへ、そして、フローラは遠い海の向こうへ。
「また会えるさ」
 別れ際に、コウガはそう言った。
「また会えるよ、きっと、どこかで」
「うん、会えるよね。コウガさん。もし、旅先でわたしを見つけたら、絶対に声をかけてね」
「うん、フローラもね」
「それじゃ、またね」
 またね、その言葉と同時に、船が出港した。
 次第に遠くなるフローラは、やがて見えなくなるまでずっと、自分に手を振っていた。
 また会う日を願って。  





 END





投稿者(花屋敷史佳様)のコメント

PS2版の序盤のシーンをプレイして思いついたSSです。  ……だって、主人公とフローラの記念すべき出会いのシーンなのに、ゲームの方は実にあっさりしているんですもん(笑)なので、せめてこれくらいのエピソードは欲しいなぁ、なんて思いながら書きました。

管理人のコメント

やっぱり主人公は小さい頃から主人公なんだなぁと。小さくても、温かくて包容力があるというかvそこが幼少フローラの印象に残るわけですねvvこんな素敵なエピソードがあったらいいのに…。

この作品は、すでに花屋敷様のHPに展示されている作品ですが、もう一つ頂いた作品と話し的に繋がりがあるということで、特別に頂きました♪花屋敷様、ありがとうございました!








写真提供:「ひまわりの小部屋