「あなた…。」 振り向けば、柔らかな微笑み。緩やかな眼差し。 足首まである長いドレスの裾を翻し、軽やかに僕の元へ近付く。 それは、毎日 幾度と無く繰り返される光景。それなのに、その度にこの目に新鮮に映るのは、きっと『彼女』が僕にとって特別だからなんだろう。 微笑みをあなたに 「どうしたんだい?フローラ。」 そう問うと、彼女は恥ずかしげに俯いた。 「少し、その辺りを散歩しませんこと?」 「いいよ、でもあまり無茶はしないでくれよ?」 視線を彼女の腹部にやると、彼女は僕の意を解し、微笑んだ。 またそれが、輝かしいほどに美しい。 育ちのよさだけでは言い尽くせない、きっと、天性の素質みたいなものだろうと思う。 彼女の望むように、そして彼女が無理をしなくて済むように、僕らは近くを散歩し始めた。 「もうすぐ、グランバニアですわね。」 「あぁ、そうだね。また、色々な人と出会えると思うと、わくわくするよ。」 そう思わない?とフローラを見ると、彼女はくすくすと笑いを零していた。 「あれ?…僕、そんなに可笑しなこと言ったかな?」 「いいえ、あなたって本当に素敵な人だなって思って…。」 「え…っ?」 「私、あなたと結婚できて、幸せですわ。」 「フローラ…。」 こんな時、彼女の素直さが羨ましく思える。僕が恥ずかしくて言えないようなことを、いとも簡単に口に出来るから。もし、僕がフローラのように言えることが出来たら、彼女をもっと喜ばせる事ができるのに…。口下手な自分が悲しくなってくる。 「あなたって、心が凄く純粋で、こっちまでその心に惹き込まれますわ。だから、魔物たちもついてきてくれるんでしょうね。」 「そう…なのかな?」 「えぇ、きっとそうですわ。……この子にも、そういう血が流れていると思います。」 そっとお腹を擦るその仕草は、聖母マリアを思わせる。 チゾットで判明したフローラの妊娠。それが判ってから、彼女は少し変わったように思う。 女として、妻として、―――そして、母として。 色々な側面をのぞかせる。 僕と一緒にサラボナを発った日とは比べ物にならない。 「クラウンさん、ご覧になって…!とても綺麗ですわ!!」 少し歩いた先にあったのは、えもいわれぬほどの絶景。 色とりどりの花々の上を舞い踊る蝶々。 その鮮やかな色彩に、僕は日々の戦いに疲れた心が洗われたような気がした。 「チゾットでお会いした方に、ここの場所を教えていただいたんです。グランバニアへ行くなら、一度はここに立ち寄った方が良いと仰っていましたが、本当にそうですわね。」 フローラも子供の頃に戻ったように目を輝かせている。 「でも、フローラのほうが何倍も綺麗だな。」 思わず口を突いて出た言葉に自分でも驚いたが、それ以上に驚いたのは彼女の方だったらしい。 「あ…っ、いや……っ、その…。」 必至に他の言葉を探すも、なかなか良い言葉が浮かばない。 「ありがとうございます…!とても嬉しいですわ……!」 感極まって、なのだろうか、フローラが僕に抱きついてきた。 「わわっ、フローラ?!」 「あ…っ!あら……ごめんなさい…!私ったら……。あなたがそんなこと仰るなんて思ってませんでしたから、嬉しくて…!」 我に返り、直ぐにフローラは離れた。それが少し惜しい気がして、今度は僕からフローラを抱き締めると、彼女は恥ずかしそうに微笑った。 「ねぇ、フローラ。僕たちの子供の名前、考えてる?」 「いいえ、まだ…。」 美しい景色を眺めながら、フローラに問うと、愛らしい目元に、困った色が浮かんだ。 「僕はね、男の子だったらクリスト、女の子だったらローザにしようと思ってるんだけど…。」 「あぁ、それで毎晩遅くまでペンを握っていらしたのね。」 納得したように彼女は言う。僕の方はまさか、見られていたとは知らずに、彼女の言葉に困惑した。 「え…っ?あ…っ、まぁ……。」 「ふふっ…。とても素敵な名前だと思いますわ。ぜひ、そうしましょう。」 「本当かい?良かった…。フローラがそう言ってくれると本当に嬉しいよ。」 ぎゅっとフローラを抱き締め、彼女の唇へ自らのそれを重ねようとした瞬間… 「ご主人〜!出発はまだですか〜?」 ぴょんぴょんとスライムナイトのピエールがやってきた。 「ややっ?! あわわ、こ、これは失礼しました…!!わわわ、私は先に馬車へ戻っておきますんで、お構いなく〜!」 直ぐにUターンをして、彼はそそくさとその場をあとにした。 「……参ったな。」 「ふふふ、皆、もう待ちくたびれたんですのね。行きましょう、あなた。」 「そうだな。」 ぽりぽりと頭を掻いて、もと来た道を戻る。 そっと、振り返ると、生きものたちの楽園のように穏やかな世界が確かにあった。 僕はこの光景を忘れまいと心に誓う。 いつか、この世界に平和が訪れたら、またこの場所へ来よう。 今度は、家族と、仲間と。 それまでにどんな苦しい事や辛い事があっても、笑顔を絶やさずにいよう。 それは、フローラが教えてくれたこと。 『微笑みを、あなたに』 〜FIN〜 |
投稿者(空魚様)のコメント 私のフローラ贔屓なところがありありと出ていますね…(汗) 恥ずかしい事この上ない…(笑)いや、しかし!主フロ万歳〜!! 管理人のコメント 相変わらずの素敵主フロ小説に大興奮ですっ!! 空魚様の中の主フロはバカップルvということで、本当にラブラブでこっちが照れてしまいました(笑)不幸が付き纏う二人だからこそ、幸せになって欲しいですよね〜v でも最後のピエールがイイ感じでしたよ(笑)空魚様、ありがとうございました! |
写真提供:「NOION」