記憶



ミルドラースとの戦いより、半年が経とうとしている初冬。

グランバニアを取り囲む深い森も次第に雪化粧で飾られ、これから長い冬 を予感させる冷たい山風が吹き始めている。

城塞国家の造りが民全員を寒さからは救えるが、この地方独特の大雪に覆 われれば、春の雪解けまで他国との交流も出来ない、いわゆる国そのもの が「冬眠」状態となってしまうのだ。

春を迎えるまでの数ヶ月に必要な食料やその他の必需品は、民全員の協力 で保存し終え、残るは城内に王妃フローラの提案で設置された室内栽培に 使う種等の確保だけだ。
そして、最上階中庭に立っている国王フォーナの元へ、次々と舞い降りて くる翼持つ仲間モンスター達により、漸く最後のその仕事も終わった。

「ご苦労さん、今回はこれで最後だ。 初めての試みだからな。来年以降 は、今回の成果次第にしよう」
『マスター、我々ならまだ飛べます。不安があるのであれば、もう少し集 める事は可能ですが?』
冷気系属性のブリードは、ここ数日の人間には身に沁みる急激な寒さも全 く気にする処か、主力となって平気で飛び回ってくれている。
「いや、必要以上の搾取はしない方がいい。出来れば、自然のままに。そ うだろう?」
笑ってみせるフォーナに、広げていた翼を折りたたんだブリードが傅く。

「‥‥サンチョ、フローラは?」
仲間達が集めた種袋を受け取るフォーナが、背後で主君と仲間モンスター のやりとりを微笑ましく見詰め控えているサンチョの方へ振り返る。
「まだお戻りになられておりませんが‥‥」
「そうか。 マリアさんと話が弾んでいるのかな?」

フローラは娘フレイアと共に、フォーナの親友ヘンリーが摂政を務める最 友好国ラインハットへ、「冬眠」前の親交を深める任で出掛けている。

因に、護衛兼ねて2人の「足」となったのは、ボロンゴに次いでフォーナ の片腕とも言える実力を持っているシーザーだ。

「困ったな。 室内栽培はフローラに一任したから、帰ってくるまで待つ しかないか」
苦笑するフォーナに、種袋を預かりながら白く冷たいものが舞い落ち始め る空を見上げるサンチョ。
「また降ってきましたな。 王妃様がお帰りになるまで、一休みされてく ださい、坊ちゃ‥‥ あ、失礼、フォーナ王」
「ああ、そうしよう。 みんなにも休むように伝えてくれ。 僕はブレイ ブを捜してから部屋に戻るよ」
「解りました。このサンチョめもすぐ参ります」
まるで我が子を見守るかの様な穏やかな笑みを残し立ち去るサンチョを見 送り、ブリード達に笑って自由行動を伝えたフォーナも、踵を返し城内へ と戻っていった。

自室へと入ったフォーナは、部屋中を見回し息子の姿に苦笑を洩らした。 ブレイブの後にくっついてぞろぞろと歩くのは、プチット族とコロボック ル族のそれぞれ4種計8人の仲間達。
『勇者とその一行』に憧れ、それぞれの部族を飛び出した小さな仲間達は、 ブレイブを目標にしたらしく、ほぼ毎日彼の後を付いてまわり、この大行 進を所構わず繰り返している。

「ブレイブ。 おいで、一休みしよう」
「はい、父様」
父親の声に駆け寄るブレイブにつられ、慌てて後を追った8人が将棋倒し になる様に、フォーナから眼で合図を受けたボロンゴがその鼻先を8人の 前に突きつける。

突然目の前に現れた顔に、主の顔を伺い見た8人が慌てて飛び出していく。 恐らく、言いつけておいた「仕事」の途中から、何時もの「勇者ごっこ」 へと変わってしまったのだろう‥‥★

「父様。 母様とフレイアは?」
「もうすぐ帰ってくるよ。 そうしたら、午後からは城内での仕事が待っ てるぞ」
「は〜い」
逃げ出した8人同様、この息子も午前中の仕事を途中で放り出した事を、 上目遣いで首を竦める仕種が証明している。

「失礼します、王様」
息子の額を指で弾いたフォーナが、侍女の声に振り返る。
「王妃様と王女様がお戻りになられました」
「ああ、解った。 すぐ行くよ」
頷いて見せ席を立つフォーナに、コップのミルクを急いで飲み干したブレ イブも後を追った。



「?」
再び中庭へと戻ったフォーナは、傅くシーザーの背から降りてくる妻の苦 笑と娘の予想もしなかった表情に、驚いて近付く足を速めた。
「フレイア? フローラ、何かあったのかい?」
「ええ。 コリンズ王子と、また‥‥」
その一言で、娘の泣き顔の理由を悟り、苦笑を隠してフレイアを抱き上げ るフォーナ。

「今度は、どんな喧嘩になったんだ?」
「‥‥‥‥‥」
母国へ戻ってきた安心感と父親の腕の感触に、張り詰めていた気が緩んだ のだろうフレイアの大きな瞳から、ぽろぽろと零れ落ちる大粒の涙。
「‥‥‥部屋に戻ろう。 話はそれから聞くよ」
「はい、あなた」
隣に寄り添う妻と、反対側から心配そうに妹を見上げる息子を促し、娘を しっかりと抱き締めたフォーナが、興味深そうに近付いてきたドロンに、 小声で何か指示を出し、城内へと戻っていった。



「ほら、これを」
ソファーに腰を下ろすフローラと、彼女が肩を抱くフレイアに温めたミル クの入ったカップを差し出す。
フレイアの反対隣には、妹の手を握って落ち着かせようとしているブレイ ブが居るので、3人と向かい合う椅子に座るフォーナ。

妻が耳元で説明してくれた原因の経過では、何時もの喧嘩に加え、帰り際 のコリンズの言葉が一番の要因だろうという事。

━━━━ 冬の間、お前の顔を見ないですむと思うと嬉しいぜ ━━━━

子供ならではの強がり。

オマケに、言葉の裏を読めないシーザーが、主の娘に悪意を向けたと威嚇 行動に出て、コリンズを城内にまで下がらせた為に、そのままの別れにな ったらしい‥‥‥

「‥‥‥もう、コリンズなんて知らない‥‥!」
泣いたり怒ったりと忙しい娘の表情に、フォーナも苦笑を隠せない。

「そんな事を言うものではないわ、フレイア」
「でも、お母様‥‥」
「フレイア。 お前のその言葉通りになってもいいのかい?」
「えっ?」
「このまま「さよなら」して、もうずっと遊べなくなってもいいのかい?」
「あなた‥‥」
「父様?」
意外な言葉に驚く3人を前に、笑みを口元に浮かべながら真っ直ぐに娘を 見詰めるフォーナ。

「‥‥‥‥ううん。 そんなのイヤ」
視線を落としたまま小さく首を横に振るフレイアに、優し気に眼を細めた フォーナが片手を伸ばし、娘の頭を撫でる。

「別れる事は簡単だけど、出逢う事はそうじゃない。 コリンズ王子と出 逢えた事を大事にしたいなら、自分の気持ちも大切にしなさい。解るね?」
穏やかに語る父親の優しい表情を見詰めていたフレイアが、その言葉をゆ っくりと飲み込み、そして小さく頷いた。

「‥‥‥ねえ。 父様と母様が最初に出逢ったのは何時なの?」
漸く妹の笑みに安心したブレイブが、助け舟を出すつもりなのだろう、明 るい声で話題の転換を図る。

息子の気遣いに、言葉にせず顔を見合わせ苦笑し合うフォーナとフローラ。

「そうだね。 そろそろ話してもいいかな?」
「ええ」
微笑み合う両親に、途端に期待に満ちた表情で身を乗り出す双子の子供達。

「僕とフローラが最初に逢ったのは、まだ3歳になるかならないかの頃だ ったんだ」
何処か遠くを見詰めるフォーナの眼が、昔に遡っていく。



初冬の寒風が吹き荒れる中、海辺の修道院へ辿り着いたフォーナは、父・ パパスと従者・サンチョが、中から現れた修道女と何か話しているのを興 味深そうに見上げた。

この頃は想像すら出来なかった父の旅の目的。
解っていたのは、事細かく構ってくれるサンチョの、「住める場所を探す」 と言う説明だけ。
尤も、「家」という物も何かを理解出来ない年頃ではあったが‥‥

事情を察してくれただろうシスターは、此処より北、遥か昔は城が在った という場所に、村を作ろうと人々が集まってきている事を教えてくれ、一 夜の宿も提供してくれた。

当時は、魔の波動を受けたモンスター達の動向も不安定で、夜の帳が下り ると同時にその凶暴性も増すので、例え近距離でも夜の旅の危険は常識と なりつつあった。

まだ陽も高い時間帯ではあるが、道程の長さとサンチョの進言もあり、そ の申し出を受けたパパスと共に修道院へと初めて足を踏み入れたフォーナ は、中の広さに驚くばかりだった。

宿泊と食事の礼を告げる為、修道長の元へと向かった3人を、誰もが暖か く迎え入れてくれた。

修道長との話が終わり、祭壇の前で何やら長く祈り続けるパパスとサンチ ョを待つのも飽きたフォーナが、周囲を見回して笑顔になった途端、小さ な冒険に出発する。

史実に残る天空の勇者の戦いの後造られたというこの修道院は、神への忠 誠を誓う修道女達以外にも、逃げ出した奴隷娘達の避難場所や、裕福な家 庭の息女の花嫁修業の場所と幅広い用途を持っていて、様々な女性達や自 分達同様疲れた顔の旅人達の行き交う姿が眼に入ってくる。

台所で今夜のスープの味見という収穫を得て、修道女達の部屋では此処を 維持する為の収入の一部だという木彫りの女神像の製作工程を見学し、足 取り軽くフォーナが向かったのは、最奥に作られた最も豪華な部屋だった。

「花嫁」という言葉すら知らないフォーナには、其処が預かった息女達用 の部屋など考えもつかないが、幼心に容易に入ってはいけない雰囲気は感 じ取り、扉の影で中を窺うに留まった。

部屋の中に居たのは、一人の修道女と恰幅の良い男性。
そして、彼の足下に隠れるかの様にしがみつく、フォーナと同じ年頃の幼 い少女の姿。

「‥‥そうですか。 御嬢様の花嫁修業の場所をお探しで‥‥」
「ええ。 彼方此方聞いて回りましたが、此方が何処よりも良いと‥‥」
目線が遥かに高い大人の会話を耳に素通りさせたフォーナの眼は、その少 女に釘付けになっていた。

「?」
視線に気付いたのか、同じ目線のフォーナに少女も直ぐ気付いた。

だが、
「では、修道長と御話を‥‥」
話を終えた修道女と男性が少女の手を繋ぎ此方へ出てくると知ったフォー ナが慌てて扉に身を隠し、足音が遠去かるのを待つ。
「‥‥‥‥」
ほっと息を吐いて廊下に出るが、少女の姿を見つける事は出来なかった。


その翌朝。 珍しく早く眼を覚ましたフォーナは、長旅で疲れて眠ってい るパパスと大鼾を発てるサンチョを起こさない様に、そっとベッドから降 り客室を後にした。

早起きな此処の住人達は、もうてきぱきと働いており、台所からは朝食の 用意だろう腹の虫を起こす良い匂いが漂ってくる。

だが、フォーナは、僅かに開いている正面の扉を眼にした途端、そっちへ と足を速めた。

昨日、興味心と共に潜った正門からこの扉までは、中庭を兼ねて沢山の花 が植えられている。
だが、早朝の海からの風の所為か薄霧の漂う其処は、まるで白い海を思わ せる世界に変わっていた。

つられて泳ぐかの様に両手で霧を掻き分けながら、中庭へと降りていく。
「?」
そこで、初めて微かな人の話し声を聞き取った。

「あら? 坊やも起きてしまったの?」
ゆっくりと近付いたフォーナが、花の中に座り込む修道女と、彼女の傍の 小さな後姿に気付いた。

「だあれ?」
修道女の言葉に振り返る少女の顔に、フォーナの鼓動が大きく波打つ。

其処に居たのは、昨日の少女だったのだ。

「どうして、ないてるの?」
泣き顔の少女に驚いて、ゆっくり近付いたフォーナが傍でしゃがみこむ。

「‥‥おとうさまとおかあさまと、はなれたくないの‥‥  でも、もう ちょっとおおきくなったら、ここにこなければならないから‥‥‥」
泣きながら俯く少女に、微笑んで顔を覗きこむ修道女。
「ずっと此処に居なければならない訳ではないわ。 此処でお勉強をして、 またお父様とお母様の処へ帰るのよ」

2人の顔を交互に見ていたフォーナが、困った顔になった後、何かを思い 出した表情で、自分の腰に付いている道具袋から何かを取り出し、それを 少女の眼の前に差し出す。

「?」
「あげる」
フォーナが差し出したのは、透明な水晶の玉。

此処に辿り着く前の洞窟で、偶然見つけた父にも従者にも秘密の宝物だ。

「あのね。 こうやってみてみて」
少女の手に握らせたそれを、彼女の澄んだ瞳の前に持ち上げさせる。

水晶を通して見える世界は、陽の傾きと共に晴れていく薄霧の中の花達を 朝露に輝かせて見せる。

「‥‥きれい‥‥」
「それ、あげる。 そうしたら、かなしくない?」
水晶を握り締め、初めてフォーナの顔を真っ直ぐに見詰め返した少女が、 周囲の花に負けないような可憐な笑みを浮かべた。

「まあ、此処に来て初めてね、フローラさんの笑顔は」
安心した修道女も笑顔になる中、フォーナと少女〜フローラ〜は、両者の 父親が捜しに出てくるまでの間、楽しそうに笑い合っていた。



「‥‥‥じゃあ、その時の女の子が、母様だったの?」
驚いた顔で2人を交互に見る子供達に、笑って頷くフォーナとフローラ。

「あの時、フローラと出逢った事は今でも大事な思い出だよ」
微笑んで席を立つフォーナが、窓へと近付く。

『御主人様〜っ!』
そこには、何かをしっかり抱えて帰ってきたドロン。
「ご苦労さん。 ありがとう」
それを受け取る主人に嬉しそうに傅いて、仲間の元へと戻っていくドロン を確認したフォーナが雪混じりの風が入る窓を閉め、笑って振り返る。

その手にあるのは、ラインハット王族の紋章が刻まれた手紙。

「喧嘩した事だって、何時かは良い思い出になる。 だけど、思い出にす るかどうかは、お前次第だ」
それを娘に差し出す父親に、ほんの少し躊躇ったフレイアが、緊張を隠せ ない表情で、羊皮紙のそれをゆっくりと開いていく。

何が書かれているのかは、娘の明るくなる表情で、聞かなくても解る。

あの父親譲りの素直じゃない王子が、どんなに四苦八苦して、自分の気持 ちを慣れない手紙に書き綴ったのかも‥‥‥

楽しそうに顔をくっつけて手紙を読み合う子供達に、傍へ寄り添うフロー ラの肩を抱いて笑ってみせるフォーナ。
「春になって、ラインハットへの外交は、また君とフレイアに頼もうかな」
「ええ。 でも、その時はシーザーに大人しくするように言ってください ね、あなた」
互いの額をくっつけて微笑み合う。

その表情は、初めての出逢いから何一つ変わっていない。

否。 ただ一つ変わったのは、そこに確かな愛情が加わったという事だけ。


それは、受け継いだ優しかった人達の想いと共に、フローラのティアラの 中心で変わらぬ輝きを放っていた。




〜FIN〜





投稿者(土虎鷺飛様)のコメント

ゲーム本編で、主人公とビアンカの初顔見せが4歳と想定した上で、誰よりも早くと主人公とフローラの接点を!という妄想から出来ました。 処で、3歳で、こんなに流暢(?)に喋れるかと?とも思いましたが、 作中、本人がそう喋ってるつもりで、端から聞いたら舌足らずに なってるとお考えください(汗)

管理人のコメント

相変わらずカッコよすぎです、フォーナ王!!娘ちゃんを諭す言葉や、フローラを慰める様子から、強くて包み込むような優しさがとても伝わってきました!
さり気にコリンズ×王女なのもドキドキですvコリンズが手紙を書いている様子が何となく想像できて、微笑ましかったり…。土虎鷺飛様、ありがとうございました!








写真提供:「NOION