平穏



大魔王ミルドラースを倒し、地上に平和が戻った。

世界のバランスは、天空城の安定と共に保たれ、人々と、元来から生息し ていた、魔の波動の消えたモンスター達との共存という、太古からのある べき形へと戻っていった。

交流の絶えていた他国との輸出入も再開され、グランバニアは新たな時代 の幕開けに、人々の希望と共に湧きかえり始めている。
それが、何時の日か再来するかもしれない「悪しき者」による侵攻までの、 ほんのつかの間の平和であったとしても‥‥


期せずして世界を救った英雄一家として名を挙げる羽目となったフォーナ 達は、行く先々で行われる歓迎式典や各国王族からの親交晩餐会などで、 戦う事より疲れることが多いと実感せざるをえない日々を送り、それ等が 一段落を迎えてから、漸く親子4人の穏やかな時間へと戻っていた。

「父様ーっ!」
午前中の政務を一通り終え、居間の窓辺で歴史書を読み耽っていたフォー ナの元へ、勇者から息子の顔へと戻ったブレイブが走ってくる。
「剣の稽古は終わったのか?」
「うん。 今日はピエールから1本取ったよ! ライオウからは、ダメだ ったけど‥‥」
笑って本を側へ置き、息子と向き合うフォーナが頷いてみせる。

旅の中、魔族とも深い繋がりのあった母・マーサから譲り受けた不思議な 力で、モンスター達の邪心を取り払う事が出来るフォーナが仲間に迎え入 れたモンスター達は、全員グランバニア国内で自由に過ごしている。
それぞれの特色で、人の手では限界のある事でも軽々こなす彼等は、今で は国民全てにとっても家族同様だ。

ブレイブもフレイアも、国内に同じ年頃の子供が居ない事もあり、遊びを 兼ねた剣や魔法の稽古にと、彼等と一緒に居る事が多い。
「久し振りに、僕もあいつ等と一戦交えてみるかな‥‥」
「父様はダメだよ」
「どうしてだい?」
「だって、みんな、父様が「倒して」仲間にしたんでしょ?」
「あはは‥‥ それはそうだけど、暫く剣を握ってなかったからな。腕が 鈍っては、母様やお前達を護れないだろう?」
「だって‥‥」

何か言いた気な息子に、その頭を撫でて言葉を促す。
「‥‥父様には、剣は似合わないもん」
「‥‥そ、そうかな‥‥;」
「父様は優しいから、剣を持ってほしくないんだ‥‥」
その言葉に一瞬驚いて、眼を細めて微笑んだフォーナが膝を着き、ブレイ ブの目線に合わせる。

「お前だって優しいよ。 そうだな。じゃあ、これならどうかな?」
ウィンクして持ち上げて見せたのは、彼のみが装備出来る最強の武器『ド ラゴンの杖』。
「それならいいよ」
母親譲りの真っ直ぐな瞳で笑う息子に、立ち上がるフォーナも何処か楽し そうに部屋を後にした。

仲間モンスターが稽古に付き合ってくれる場所は、彼等の攻撃力・技の威 力を踏まえて、城の中では最上階中庭限定にしてある。
其処では、まだフレイアがネレウスやマーリン相手に魔法の稽古を続けて いた。

『!!』
その場に居合わせたモンスター達が、姿を現したフォーナに一斉に振り返 り、それぞれの忠誠の形を作る。
「誰か相手してくれないか? 本気で構わないから」
娘の横に立ち笑い掛けるフォーナに、漸く楽な態勢へと戻るモンスター達 の中、ライオウとリンガーが構える。

仲間モンスターの中でもレベルの高い2体を前に、子供の様に楽しそうに 笑う父親の姿に、ブレイブとフレイアの顔にも笑顔が浮かぶ。
自分達の父親の顔が笑っている時は、彼が誰よりも強い事を、決して楽で はない長旅で見てきた。
それと同時に、常に自分達に向けられる優しい瞳が、なかなか逢えない母 親を求める自分達の辛さを包み込んでいてくれた事をも。

「!」
腕試しといいつつ、模擬戦闘はフォーナの圧勝で終わる。
主である彼に仲間モンスターが手加減した訳でもなく、それが、彼の辿っ た数奇な運命によって身についた強さである事に、幼い子供達は知る由も 無いが、強く優しい父を知れば知るほど大好きになっていく。
それだけで充分であった。

「お父様」
リンガーとライオウに回復魔法を掛けていたフォーナが娘の声に振り返る。
「お部屋に戻ったら、またお話を聞かせて」
「ああ、いいよ。 でも、二人共、そろそろお昼寝の時間じゃないのか?」
自分達の提案に滅多な事では拒否しない父親の両腕に両側から抱きついて くるブレイブとフレイア。
「仕方ないな。じゃあ、寝るまでだぞ」
苦笑したフォーナが子供達を両腕にぶらさげたまま、仲間モンスター達に 頷いてみせる。
主の合図に、周囲に構えていた仲間達もそれぞれ好きに遊び始めた。


「あなた‥‥」
居間に戻ってきたフォーナの元へ、メッキーを連れたフローラが歩み寄っ てきた。
「お義父さんとお義母さんへの手紙は書いたかい?」
「ええ。お願いします」
「ああ。 メッキー」
フォーナの声に、フローラの側から離れて飛んでくるメッキーが彼の肩に 大人しく掴まる。
どんなに邪心が抜けても、元は魔物である故、細かな指示などは主人であ るフォーナが出さなければ余計な混乱を招く事もあるのだ。

「サラボナのルドマンさんの家に。帰りは森で遊んでもいいが、行きは直 行するんだ。いいな?」
『はーい。じゃあ、行ってきまーす』
一声鳴いて窓から飛び立つメッキー。

「父様。メッキーは何て言ったの?」
モンスターの言葉はフォーナしか解らない。
どうやら、フレイアはフォーナやマーサの血を引いている様だが、まだ覚 醒には至ってはいないので、将来の楽しみのひとつだ。
「明日には帰ってくるよ。そうしたら、自分で聞いてごらん」
少しだけ不満そうな顔の子供達を、フローラと一緒に寝室へと促す。

小さな2人が寝るには大きすぎる天蓋付きのベッドに潜り込むブレイブと フレイアに、顔を見合わせ微笑み合うフォーナとフローラ。
「さて、どんなお話がいいかな?」
ベッドの端に腰を下ろし思案顔になる父親に、顔を見合わせ笑い合う双子 が何か期待に満ちた眼で見上げてくる。

「父様がさっき読んでいた本は何?」
「ああ、あれは、マスタードラゴンに貰ったこの世界の歴史書だよ」
「この世界の?」
「お前達が母様から産まれたように、父様や母様も、その両親から産まれ てきたのは解るね?」
「うん。父様は、パパスお祖父様とマーサお祖母様で」
「お母様は、ルドマンお祖父様とシャロンお祖母様」

僅かに表情を曇らせるフローラの手に自分の手を重ねるフォーナ。
「それじゃあ、その前は、どうかな?」
「??」
同時にきょとんとなるブレイブとフレイア。

「あの本には、天界人の手でこの世界の様々な史実が書き記されてるんだ」
「じゃあ、昔の天空の勇者のことも!?」
「ああ。その事もだけど、もっと興味深い事も見つけたよ」
笑って出し惜しみするフォーナに、子供達の眠気は一気に吹っ飛んだ様だ。

「あなたったら」
「あ、ああ。ごめんごめん。じゃあ、その話をしてあげようか?」
子供達の首がどっちに振られたか見なくても解る‥‥☆
顔を上げると、フローラまでが楽しそうに笑っていた。

「ルドマンお祖父様が、先代の勇者に手助けした一行の中の武器商人の末 裔である事は、前に話したね?」
「うん」
「実は、パパスお祖父様も、その一行の中の一人の血筋だったんだ」
「ええっ?」
「本当、お父様?」
眠気の吹っ飛んだ子供達は、とうとう身体も起こしてしまう。

「先代の天空の勇者には、彼の支えになってくれた仲間が7人いたんだ。 それぞれ自分に課せられた使命を背負ってね」
仲間モンスターの中でも別格のボロンゴは、フォーナから片時も離れる事 はないので、今は彼の足元に寝転がり安らかな寝息をたてている。

「その内の一人、バトランドという国の王宮戦士だった人が、このグラン バニアの祖となる人なんだ」
「バトランド?」
「そんな国あった‥‥?」
「今はもう無いよ。 その場所には、今は小さな村があるんだ」
「??」
「‥‥‥サンタローズだよ」
子供達の、元々大きな瞳が零れ落ちそうなくらい見開かれる。
最初に自分が読んだ時の驚きと同じ顔になる子供達に、悪戯が成功した様 な笑みを見せる夫に、呆れつつもフローラは愛おしそうな眼差しを向けた。

「その王宮戦士は、戦いの後、元凶の一環となった『エルフの里』のエル フ達を人々の悪しき気持ちから護る為に、この地に拠点を置き、それがグ ランバニアへとなったんだ」
「エルフって、妖精さん?」
「そうだね、ポワン様や女王様の先祖だな」
「その妖精さん達は、この近くに住んでいたの?」
笑って応えるフォーナは、子供達が自分で何かに気付くのを待っている。

「あなた。 ‥‥もしかして」
「気付いたかい、フローラ」
「ええ。 だから、お義母様は‥‥」
「「????」」
両親の会話に、まだ解らない顔の子供達は頷き合うと、ブレイブはフォー ナ、フレイアはフローラの膝に抱きついて見上げてくる。

「エルフの里という名前から、何か感じない?」
娘のさらさらの髪を撫でるフローラに、遅れてやってくる眠気にフレイア が眼を瞬かせて抵抗している。
「あっ!」
先に気付いたのはブレイブ。
「‥‥エル‥‥ エルヘブン‥‥?」
答えを聞くまではと抵抗していたフレイアの声は、もはや呟きに近い。

「よく出来ました。さあ、もうお休み。続きはお昼寝の後だ」
フレイアをフローラが、ブレイブを促したフォーナが柔らかなベッドの中 へと入らせる。
交代で子供達の額に口付けし、そっと寝室を後にする。

「あなた‥‥」
居間へと戻り、お気に入りの窓辺に腰を下ろすフォーナに、ラインハット から献上された紅茶を淹れたカップを持ち、フローラも向かい合うように 同じ場所に座る。
「さっきのお話、まだ私達に関係する事があるの?」
「聞きたいかい?」
「ええ」
微笑んでみせるフローラに、笑い返しカップを受け取るフォーナ。

「サラボナとテルパドールも、勇者一行の血筋なんだ」
「あら? サラボナはお父様の事でしょ?」
「‥‥ルドマンさんの先祖・ルドルフさんは、他の地からの旅人で、ブオ ーンを倒した功績で、サラボナを永住の地に決めたんだろ?」
「あ、そういえば‥‥  え? じゃあ、お母様が?」

優しい瞳で微笑む夫の顔は、フローラの一番好きな表情だ。
「サラボナは、昔『コーミズ』という小さな村だったんだけど、戦いの後 その地に戻った一人の女性が、今のサラボナの基盤を作ったらしい」
「女性が‥‥?」
「勇者の力となった一行の一人、魔法の力を持った踊り子だよ。 フロー ラ、お義母さんはサラボナの古くからの豪商の家で産まれたんだよね?」
「え、ええ」
「ここからは僕の想像だけど、お義母さんは、もしかして‥‥」
子供のように驚いた顔になるフローラに笑うフォーナ。
「まだあるんだよ。 彼女には、未来を見通せる占いの力を持った双子の 妹がいて、その妹もひとつの国を作って、何時の日かくる魔族の侵攻に備 えて天空の防具を護ったんだ」
「じゃあ、テルパドールは‥‥」
頷くフォーナだが、表情を曇らせるフローラに、その肩を抱き寄せた。

「‥‥ごめんなさい、あなた」
「フローラ。君が何処で産まれたのかは解らないけど、僕は君に出逢えて 本当に良かったと思っているよ」
肩の回された夫の手に自分の手を重ねる。

「僕等の歴史は今からだ。 未来の僕等の子孫が誇れるようにしたい」
振り返るフローラが背伸びして、フォーナの頬に口付けた。
「私も、貴方と出逢うために産まれたことを誇りに思います」
突然の不意打ちに驚いていたフォーナが、笑ってフローラを両腕に抱き締 める。

「あの子達が起きたら、このお話教えてあげてね」
「君が傍に居てくれるなら」
微笑み合う2つの影が、風に揺れる絹のカーテンの向こうで寄り添う。

「王様? 王妃様?」
真新しいシーツを抱えて入ってきた侍従長が、窓際に眼を向け微笑むと、 背後に付き従えていた侍女達に、人差し指を口の前に立ててみせる。

そこには、寄り添って眠っている愛すべき国王と王妃の姿があった。


それは、遥か未来で語り継がれる幸せな時代の一幕‥‥




〜FIN〜





投稿者(土虎鷺飛様)のコメント

キッカケは、SFC時代に「WとXの天空の塔がほほ同じ 位置にあるな」と思った事です。後、「コナンベリーがオラクルベリーに変わった?」と自己解釈してから、色々想像してこういう風になりました(^^;)少しでも共感して頂けましたら幸いです。

管理人のコメント

フォーナ王のかっこよさにメロメロです(惚)
前半部分の魔物や子供たちとのやりとりから、幸せの訪れが感じられました。後半部分は導かれしものたちとの繋がりが、フローラとのやりとりで少しずつ明かされていくのがとてもワクワクしました。4から5への繋がりは、いろいろな解釈がありますけど、どれもとても納得できるもので興味深かったですv
土虎鷺飛様、ありがとうございました!








素材提供:「Little Eden