In The World



一人の子供が死に掛けた子兎を抱えて父の元に 向かっていた。この子兎は洞窟に間違って入ってしまい、 一匹のドラキーに噛み付かれてしまっていたのだが、 それを子供が木の棒で追い払い、救い出したのである。
しかし子兎はすでに虫の息であり、心音が聞こえなくなりつつあった。

これはドラキーがよく使う手で動物の急所を鋭い前歯で刺し、新鮮なまま 鮮血を吸い取ってしまう。
まあ自分よりも大きい人間などには こうした手を使う事はないが、自分よりも小さい小動物達にはよく使う。
こうなるとドラキーと言えどもばかには出来ない。

子供は何とかしてサンタローズの村長にして父であるパパスに 何とかして貰おうと思っていたが、間に合わないと思ったのか 途中にある教会に駆け込んだ。
「お、お願い・・・・・この子を救って・・・・・生き返らせて・・・・」
抱きかかえた子兎からは血がポタッポタッと子供の手を伝って落ちていく。 子供の顔はすでに青ざめ、泣きそうになっている。 こんなに小さい兎で滴るほど血が落ちてしまっては 生き返らせる事も出来ない。神父の傍にいたシスターが静かに近づくと 子供に言い聞かせた。
「シオン・・・・・・・この子はもう・・・・」
「大丈夫って言ったもん!この子に約束したんだ!生き返らせるって! そうしたら絶対お母さんの元に返してあげるんだ!」
「それでも・・・・・・・」
「大丈夫って・・・・・言ったんだもん・・・・・」次第に涙声になっていくシオン。
鼻を膨らませ、一生懸命涙を堪えようとしているが黒曜石の瞳から 頬を伝って落ちる涙を止めることは出来ない。 そして子兎を抱きしめる。子兎は弱弱しく円らな瞳を子供を見上げるだけで どうする事も出来ない。

「ねえ・・・・シオン。もうその子・・・・・・眠らせてあげようね・・・・ その子、きっとシオンの優しさに感謝しているはずよ。だから、ね。 もう眠らせてあげようね・・・・シオンがそんなだったら子兎も 眠れないって思うから」
シオンは無言で首を横に振る。必死に抱きしめている子兎が冷たくなっていく。 子兎を揺すっても、声をかけても身動き一つしない。 もうどうする事も出来ない。最後に子兎は子供の胸の中で 甘えるように目を閉じた。子供は声にならない泣き声で子兎を抱きしめた。
「シオン・・・・・・・・生きとし生ける者たちはね、皆運命に従って 生きているの。運命ってね、自分に望まなくても、そうでないって 運命もあるはずなのにそうしなければならないの」
「だって・・・・そんなのおかしいよ!死ななければならない運命って! 僕だったらそんな運命いらないよ!だって・・・・だって・・・・僕・・・ そんな運命いらないって・・・・・」
シスターはシオンをゆっくりと抱きしめる。

それは今はいない母の匂い。母を感じさせる匂い。
どこかでこの温かみを教えてくれた匂い。
でもそれは自分とは違う。他人を認識している者だからこそ 母親のように接してくれる。

「シオン・・・・・貴方の優しさはね、この子にはもういらないの。 だから子兎の分まで貴方が生きなくちゃ駄目」
「でも・・・・・・神様は言っていたじゃないか、他人を 愛しなさいって・・あれって・・・何なの」
鼻をすする音が聞こえてくる。
「シオンは優しいのね・・・・・・でもね。他人を愛する事が出来るのであれば 自分を愛する事も出来ると思うの。そしてその分だけ優しくなっていくの。 だから見送らないと・・・・この子がちゃんと天国に行けます様にって。ねっ?」
「でも・・・・・・・」

「シオン。シオンがね、運命を変えることが出来たとしてもその運命を 受け入れるのにとても苦痛を伴う事があるの。そしてその運命を 追いかけてはいけないの」
「それじゃあ・・・どうしたら良いの」
シスターはシオンの問いに答えず、ただ笑っていた。
太陽の光差し込む窓の傍に立ったシスターの表情は見えない。 ただシスターはこう言った。

強い意志を持ってその運命に臨みなさい。
そうしたらどうしたら良いか、分かるから。

貴方の右手に運命を。貴方の左手に意志を。
バランスを崩さないようにゆっくりと進みなさい。
そうしたら分かるから。何をしたら良いのか分かるから。
だからシオン、迷っては駄目。大いなる世界の流れから みたら人間がたどる運命なんて一つだけでない。
でも人間は一つしか選べない。
だから見失ってはいけない。道を間違えてはいけない。

「シスターの言っている事が分からないよぅ・・・・」
「そのうち分かるから。ほら、子兎埋めてあげよう・・・ね?」

シオンはその現実を受け止める事は出来なかった。
それが何を意味しているのか分かっていた。でも分かろうとはしなかった。
その現実を受け止めたら子兎はいなくなってしまう。
だからシオンは一歩も教会から出られず、ただシスターの胸の中で泣いていた。

シオンには小さな墓の前で祈りを捧げる 神父とシスターと一緒に祈りを捧げてやる事など出来なかった。
二人の制止を振り切って走るように逃げ出していた。
どうしてそんな事をしたのか分からない。
ただ分かるのは墓を作る事がそれが死んだという事を再確認してしまうようで いて怖かった。

怖かったから。逃げ出そうとしていたから。
死というものに 絶対的な恐怖を感じていたから。
こんなにも身近に死という殺伐とした 概念に何も出来ない恐怖を感じていたから。

シオンとフローラは炎に包まれ崩れ行くゲマの最期を 見届けていた。だが子供たちやサンチョにはそれが不満だったようで サンチョなどは馬車から武器を持ちだして構えていた。
「どうして僕たちやサンチョを戦わせてくれなかったの?サンチョだって パパスお爺様やマーサお婆様の仇取りたかったはずのに。 どうして僕たちを下がらせて父様と母様だけで戦ったの。 僕たちだって戦って・・・・」

子供たちの言葉を他所にシオンとフローラは駆け出していた。
シオンとフローラにははっきりと見えていた。ぼやけていく パパスとマーサの姿。それは陽炎のように消えていく。
満足した笑みを浮かべ、ゆっくりとシオンとフローラを見ながら 消えていこうとしている。シオンとフローラは子供たちやサンチョの 制止を振り切って、罅割れた祭壇を横切るように 昇天していく二人を追いかけた。
「お父さん!」
「お義父様!」
二人は走りよって手を伸ばす。 だがそれは追いついてはいけないもの。

運命に追いついてはいけない。それでも二人は追いかけようとした。
聞きたい事がある。知って欲しい事がある。
どうしても これだけは知って欲しい事がある。


そして教えて欲しい事も。

それでも二人はただ満足した表情を浮かべ虚空へと消えていく。
「待ってお父さん!お母さん!まだ聞きたい事があるんだ! お父さん、お母さん行かないで!お母さん、そんな生き方で満足したの! お父さんが・・・・お父さんと僕が来るのを待っていたそんな人生で 本当に良かったの!僕には分からないよ!どうして・・・・ どうして・・・・僕には分からないよ!」
「幼少の時私は貴方に抱きかかえられたその時から私の運命は 始まっていました。パパス義父さま、マーサ義母さま!私、私・・・・・・・ もっと貴女から教えて欲しい!行かないで!私たちだけじゃ 何も出来ない!出来ません!何をしたら良いのか分かりません!」

二人の声が重なる。それは一番二人が言いたかった事。
その言葉に子供たちもサンチョも黙ってしまった。
どうしてそんな事を言ったのだろう。結婚した時に傍にいて欲しかった。
自分たちの結婚式に出て欲しかった。もし出席してくれていたら きっとパパスもマーサも喜んでくれただろう。

フローラはちゃんとシオンのご両親に会いたかった。
シオンの妻としてこれから運命を共に生きる者として、正式な 形で会いたかった。だがそれは叶わぬ夢だった。
そしてその言葉は二人が心の底で思っていた事。理不尽だと思うから、 運命を認める事が出来ないでいるから。矛盾している事なのに どうして人間は我侭で理不尽な生き物なのだろうか。

どうして・・・・・・・死んでしまうその運命を受け入れたの!
どうして・・・・・・死ななければならないの!
どうしてみんなを置いてどこかに行ってしまったの!
そんな運命・・・・寂しすぎる。大切な人のためにどうして
自分が死ななければならない。そんな運命・・・・いらない!
どうして自分たちを想って死ななければならない!
どうして・・・・・どうして・・・・どうして・・・・・どうして・・・・・

フローラの瞳に大粒の涙が溜まる。頬に幾重にも涙が沿って流れていく。

どうして・・・・・・貴女が・・・・死ななければならないのですか・・・・・
どうして・・・・・・お義父さまが・・・・・・死ななければならないのですか・・・・

僕たちの為に死ぬ、なんておかしいよ!どうして・・・・どうして・・・・・
死ぬ事が分かっているのにどうしてその運命を受け入れなければ ならないの!
僕たちには分からないよ!どうして・・・・・


私たちはどうする事も出来ません。
愛しい私の息子、娘、頑張りなさい。私たちの分まで。

それが分からないよ!僕たちこれからどうしたら良いの!僕たち・・・・

我が息子に娘よ。
生きとし生ける者にはそうしなければならない運命がある。
それは生ける者の宿命。逃れられぬ運命でもある。

そんなシオンとフローラを見てパパスとマーサは嬉しそうな顔をした。

大きくなったな・・・・二人とも。こんなにも私たちの事を想ってくれる。
この想いがあれば、私たちは何もいらない。望まない。
こうして最後に私たちはみんなに会えたのだから。

皆生きている者達は死から逃れる事は出来ない。
でもその運命を受け入れた者の想いは傍で泣き、看取ってくれた人の心に残る。
そうして想いを受け継ぐ事が出来る。だから愛しい息子、娘よ。
お前たちの心の中には私たちがいる。

運命をお前たちに託した。私たちの想いと共に。

マーサはパパスの言葉に頷くと二人に話しかけた。
それはとても優しく慈愛に満ちていた。
後悔も、悲しみもない優しき声で。

シオン、フローラ。もう私たちには貴方たちの優しさはいらないの。
もう貴方たちの時代なのだから。だから貴方たちの優しさは後ろに いる人たちにあげて下さい。注いであげて。
だから笑って見送って。私たちはそれだけで満足だから。

あなたたちの幸せと喜びと笑みを。

皆貴方たちが来るのを待っているから。ほら、見て御覧なさい。
子供たちを、サンチョを。皆貴方たちが来るのを待っているから。

そして大勢の人たちが貴方たちの帰りを待っているから。その人たちは 貴方たちの事を忘れていません。
だって貴方たちが心からその人たちの事を 愛しているのですから。
その人たちに喜びと幸せと笑みをあげて下さい。

でも・・・・僕は・・・・・・貴方たちに何もしてあげる事が出来なかった。
そうです・・・・・私は・・・・・貴方たちに何と言ってあげれば良いのですか・・・・

いいえ。もう私たちは満足しているのよ。だって貴方たちに想いを渡す事が 出来たのですから。
ほら、シオン、フローラ。後ろを見てごらんなさい、皆待っているから。

だからね、二人とも一生懸命生きて後悔しないように。
ほら泣かないの。泣いたら後ろにいる人たちが笑っちゃうでしょ。
男の子なんだからね、シオンは。女の子のフローラちゃんを泣かせたら 駄目でしょ。サンチョさんの言う事をよく聞いてね。大丈夫、貴方たちなら きっと上手くいきますよ。だって私たちの自慢の子供たちなんですもの。

満足したのか少し笑顔になった二人は昇天するかのように消えていった。

フローラはそれでも追いかけようとしたが、シオンに抱きしめられた。
「もう・・・・良いよ、フローラ。ありがとう」
「シオン・・・・・」
「分かっていたから。もう良いんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「行こう。これで僕たちがするべき戦いは終わったんだ。僕たちはあの時から ゲマだけを追いかけていた。
でもこれからは違う。今度は子供たちが運命に従って 大魔王ミルドラースを倒さなければならないんだ。
僕たちが そのお手伝いをするんだ。 だから子供たちはゲマのような小物を追いかけてはいけない。
だって・・・だってさ、僕たちの子供は勇者だよ。自慢じゃないか。僕たちが 出来なかった事をあの子達はこれから出来るんだ。勇者の血があるけど、 僕たちのように宿命や運命に囚われているわけじゃない。僕たちは 両親の言うがままにしてきた。 でも子供たちはこれから色々できるじゃないか。やりたい事も出来るじゃないか。 色々な人々と出会う事ができるじゃないか」
「そうですわね・・・そうですわね・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・私たちの自慢の子供たちですものね。
どうしてこんなに涙が溢れて出てくるのでしょう・・・・・もう・・・どうして こんなに悲しいと思うのに・・・・・・涙が溢れて・・・・止まりません・・・・・」
大粒の涙を瞳に溜めながらフローラは笑おうとする。その表情は硬いが シオンにはそれが嬉しかった。
「フローラ・・・・・」
シオンはフローラを後ろから包み込むように抱きしめた。
「ありがとう・・・フローラ」
「・・・・・・・・・・・・・・暖かい・・・・・」

シオンのほうからは彼女の表情を窺い知ることはできないが フローラが頷くのが分かった。

「お義父さま・・・・お義母さま・・・・・・ううう・・・・・・フローラは幸せに なります・・・・・・・だから・・・・見ていて下さい・・・・・・・」

フローラの瞳は涙が溢れているが、それでも笑おうとしている。

でもそれは幸せな笑み。満ち足りた笑み。
瞳はまだ潤んでいるけど 自分が愛している人と一緒にいる事の笑み。ほのかな笑み。
それは自分がようやくあの人たちの娘だと認められた証。

「私・・・・・・私も・・・・・・・・幸せになりましょうね・・・・・・シオン」
「ああ。僕たちなら出来るさ。だって・・・・・・・」

フローラがそっと空に手を伸ばす。綺麗な手。
それはさきほど両親を 捕まえようとした手ではない。
その手にゆっくりとシオンは自分の手を重ねる。

「迷わないように。後悔しないように。バランスを取りながら ゆっくりと。ゆっくりと」
「ええ。だって私たちは想いを受け継いだんですもの。だから きっと上手くいきます。頑張りましょうね、グランバニア王シオン」
「それだったら君もでしょ、グランバニア王妃フローラ」
「くすっ・・・・・・シオン、泣いては駄目ですよ。子供たちが見ていますからね」
「フローラだって」

二人は重ねた手を離さず、指を絡ませたまま子供たちやサンチョの元へと 走るように戻っていった。

その先には光溢れる輝かしい世界が待っていることを信じて・・・・





 END





投稿者(おんしー様)のコメント

ようやくSSが完成しました。本当これ書き終わったら脱力感というか 何もできなくなりました。 世界の中で・・・・・・皆さんはどんな想いを持っていますか

管理人のコメント

読み終わった後にほぅ……と溜息が出ました。シスターと、そしてパパス、マーサの言葉が深く心に残ります。DQ5は死や運命といった事を、改めて考える機会を与えてくれるゲームでもあるかもしれませんね。

おんしー様、素敵なSSをありがとうございました!








写真提供:「Studio Blue Moon