*注意:この作品はPS2版DQ5のネタバレを若干含みます*



 
 明日



溶岩が覆いつくす忌まわしき魔界。
シオンとフローラ、そして子供達はついに魔界の奥地、 大魔王ミルドラースの居城エビルマウンテンまでたどり着いた。 崩れ落ちそうな岩道を抜け、後もう少しの所まで 来ていた。
岩道を覆い尽くす悪霊は一行に気がつくと 獲物だと思い襲い掛かる。
自分達の仲間にする為に。飽くなき欲望は他人を虐げても 満足する事はない。
ただそこにある者、生きとし生ける者達全てが 憎悪の対象であるかのように。

シオンとフローラは手を繋ぎながら、一歩一歩踏み出していく。
忌まわしき魔界の風。邪気を含み。哀れな者達がその魔力に捕らえられ、 昇天できずにただ魔界に囚われて救われるのを待っている。 哀れな骸達は大きく口を開けては苦悶の表情を浮かべ消えていく。

そんな骸をあざ笑うかのように悪霊たちは嘲笑してはまた消える。
だが別の場所では悪霊らしきものが出てきては二人の前に現れる。
そしてシオンとフローラの耳にも惑わすような甘く蕩けるような囁きで 誘い地面がない谷底に叩き落とそうとする。
自分達の仲間を増やそうと。

「あら、可愛い坊ちゃんじゃないの?こっちにいらっしゃいな? お姉さんが良いこと教えてあげる」
「こちらのお嬢さんもそんなに顔を強張らないで。可愛いお顔が台無し ですよ。ほら、楽しい事ありますから」
だが二人の意思が固いと知るとそのまま二人の耳に舌打ちするような 声をして通りすぎていく。

死んでしまえ!呪ってやるぞ!我々がせっかく誠意を見せてやったと言うのに。
こいつら魔王様のお力を知らんのです!

こいつらほど戯け者はいないな。勝てると思い込んでいる浅はかな者達。
勇敢と無謀とは違うと言っているのにどうして人間は分からぬのだろうか。

挑発を繰り返しては甘い言葉をかける悪霊だったが、 次第に悪霊の声は二人の知っている友人の声になる。
ヘンリー。マリア。ピピン。時にはエルヘブンの長老達。
アンディ。ビアンカ。

耳を塞ぎたくなるようなおぞましい声。怨嗟。憎悪。嬌声。嘲笑。
それは何に対してのものなのか分からない。

シオンにはヘンリーの声。ビアンカの声。
フローラにはアンディの声。マリアの声。

ヘンリーの声とビアンカの声。シオンの耳に囁いてくる悪魔の声。
ビアンカの声がこっちに来なさいよ、と囁く。ヘンリーも笑いながらお前何やってんの? と囁いてくる。
アンディの声とマリアの声。フローラの耳に囁く声。
優しそうな声でフローラ、フローラ。そんなところに いては危ないよ、こっちにおいでと呼ぶアンディ。
フローラさん、フローラさん、そんなところまで来て何をなさるのですか?と 囁くマリアの声。
そしてみんなの声でこう囁く。いや二人にしか聞こえない声。
子供達や魔物たちには全く聞こえない。
ほら、もう良いじゃないの。ねっ、お休みしようよ。大魔王なんて 竜神様が滅ぼしてくれるよ、きっと。
そうまでして自分達の身体を 痛めつけてまでする事じゃないよ。

何と忌むべき事なのだろう。平気で相手の声色を使って騙そうとする。
それだけでも二人の眉間に皺がよっていく。
悪霊たちは二人の表情に何か気がつくとすぐに声色を変えた。
そう最も忌まわしく、おぞましい声色で。

・・・・・・・・・・・・・パパス。ルドマン。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そしてマーサ。

何と優しき慈愛に満ちた声なのだろう。甘美で落ち着く声 なのだろう。
三人の声がフローラとシオンを止めようとする。
もう休めと。大魔王は我々が阻止するからもう休めと。

お前何をしているのだ?我が息子シオンよ。
お前には可愛い妻と 子供達がおるではないか。その者達まで死地に行かせるのではない。
王として成すべき事をするのが道理であろう?

愛娘よ、聞こえておるか?フローラよ。お主何をしておる?
お前はグランバニア王家の者なのだぞ。
フローラ・グランバニア王妃よ、お前は夫と共に王家を盛り上げなければ ならぬ身。
すぐに引き返し、 王家のために砕身し働くのだ。それこそが我が一族の定め。
人のために何が出来るのか考えよ。

それでも二人は歩むのを止めない。
悪霊が二人を触ろうとするが あっという間に霧散してしまう。

フローラに流れる天空の勇者の血。
シオンに流れるエルヘブンのあらゆる門を開ける血。
二人はそれをもっとも色濃く受け継いだ。
そう・・・・・色々な人の想い。世界を駆け巡った人々の想い。

そして世界を導く為の英雄の想い。
王侯貴族と渡り合い、 世界を救おうとしたルドマンの思い。
王国の王として世界を、妻を救おうとしたパパスの思い。
それはまるで波紋のように広がっていく。
多くの人々がその想いに共感し、そしてその想いをたった4人に 任せた。
そうたった4人に。
サンチョもピピンも。
そして仲間となってくれた魔物たちも。
そして志半ばで死んでいった奴隷達。

世界が必要とした清らかな風のように、誇り高い薫風のように、 無常なる世界を潤す。
ただ世界の時の流れからすれば ほんの一瞬の事でも、人間からすれば長い時間の果てに。
それは永遠。だが人間からすれば運命。

ただ20年前豪華な船の中で、たった小さな部屋の中で 出会った二人。
運命とも言うべき時の流れ。

そのためだけに遥か昔から多くの人々が血を残してきた。
長い年月、幾星霜にもわたる血筋。
記憶を残し、知識を残し、そして勇敢を残す。
それはすべてこの時の為。すべてを明日に託す為。
輝ける明日の為。

「いよいよですね・・・・」
「ああ・・・・・・・・・・・・・・」シオンの手をギュッと握るフローラ。
フローラの手はわずかに汗ばんで、ガタガタ震えている。
恐怖の為か、緊張しているのが分かる。
それはそうだろう、 この先にいる者の気配は凄まじく、少しでも気を緩めれば 飲み込まれてしまう。
先ほど屯していた悪霊どもを捕らえてしまうのだから。
あれほど悪霊を祓っているというのに、何を怖がるというのだろう。
だがそんなフローラを見てシオンは安心する。

それが人間なんだ。当たり前なんだよ。
怖くて逃げ出したいのに、 全速力で走って逃げたいのにそれが出来なくて。
どこにいったら良いのか全く分からなくて。
でも・・・それが当たり前なんだよ。最初から強い者などいない。
いなくて当たり前なんだよ。強気なフリをしているだけ。
だから 弱いから人間はその分だけ強くなる。

不安そうになるフローラをじっと見つめるシオン。
岩石が宙に止まっているような宇宙空間の先、 そこに大魔王がいる。
はっきりと気配で分かる。

僕達の中に流れている聖なる血が教えてくれる。
二人の聖なる血は違うものだけど、それは多くの人々を経て 多くの人々の想いを受け継いで、そして英雄とも言える人々の 想いを受け継いで、こうして絹織物のように交錯して・・・・

経た宝物。

そして僕達の血はゆっくりと受け継がれていく。想いと共に。

フローラの中に流れる血が教える。そう破邪の血。
この先に悪しき者がいると。
僕の中に流れる血が教えてくれる。そう封魔の血。
そう心を間違えた哀れな者がいると。

「あなたに・・・・一言謝りたい・・・・」
「うん?」
「ありがとう・・・・私これまであなたの役に立っていなかった。怖くて、 寒くて一歩も踏み出せなくて、良い母親でも妻でもなかった。 逃げ出そうと思うことだってありました。勇者の血なんていりません。 貴方と一緒なら・・・それで良かったの。だから・・・・・ごめんなさい」
「フローラ・・・・・」
「私・・・・もう歩けません。ここから貴方の戦いを見ていたい。駄目ですか? 私・・・怖いです。もう・・・・ここから先に行ったら私はおかしくなってしまう。 父の声を聞いて、母の声を聞いたら・・・もう怖くて・・・駄目ですか? 私・・・・もう歩けません。もうここから動けません。 どうやったら良いのか分かりません」
両目からポタポタ流れる涙を見て シオンはギュッとフローラを抱きしめた。
シオンの胸の中で フローラは咽るように泣いた。泣きじゃくっていてあの気丈なフローラとは 到底思えない姿。

こんなにも華奢だったのか。こんなにも繊細だったのか。
抱きしめたら砕け散ってしまいそうなフローラの身体。
でも今シオンははっきりと感じとっていた。

温かさ。温もり。豊かさ。満ちていく心。

シオンは嬉しかった。心の中愛おしさが溢れていく。
この想いが止まらない。
そうか・・・・・僕達はただ恋愛しているだけでは無かったんだ。

そうか・・・・・僕は20年も昔から出会う為に、この娘の 喜ぶ顔を見たくて、優しい笑顔を見たくて、こうしているんだと。 それは神の思し召しでもなくて、運命なんだと。
あのストレンジャー号で 出会ったあの時からずっとずっと僕達はこの時の為に生きてきたんだ。

お互い10年近く会わなかったけど、どこかで二人の心は繋がっていた。
どこかで繋がっていたからこそ、僕達はその道を信じることが出来た。
どこかで出会う事も分かっていた。だから驚きもしなかった。

その時は手を伸ばしても、捕まえる事は出来なかったけど、今は違う。
すぐ傍にいる。そう優しい笑顔の人を。その手で捕まえて離さない。

そして・・・・これからもずっとずっとこの少女と一緒にいる。
どんな事があっても、どんな嫌な事があっても、二人で乗り越える事ができる。

「フローラ・・・・大丈夫だよ。これからは僕が傍にいるから。もう怖くないよ。 だから一緒に行こう。後悔しないように。そして子供たちを元に戻さないとね」
「・・・・・・・・・・・」

「フローラ・・・・・」
「はい・・・・・」
シオンはフローラを強く抱きしめるとそのままキスを交わした。
強く強くキスを交わした。フローラの目から涙が流れるとようやく 二人はキスから離れた。
子供達からは冷やかしの声が聞こえてくる。魔物達からは少し緊張が 解れたのか苦笑いを浮かべている。
「ほら・・・笑って。皆見ているから」
「こんなに貴方をいとおしく思えたのは初めてです。死にたくありません。 でも貴方を守る為なら私・・・私・・・・私・・・・」
目には涙が溜まり、 頬を赤らめているフローラ。
シオンがキスした唇を少し躊躇いがちに 触っては感触を確かめている。
「フローラ、それは違うよ。僕は君を守る為にここにいるんだよ。 僕だって死にたくないよ。でも、君と一緒なら僕は怖くない。 そう思うんだ。分かるんだ、僕達は勝つよ。だから生きて帰ろう」
「・・・・・・・・私も・・・分かるんです・・・・・よ。私は貴方を守る為にここに いるのだと・・・・・・」
フローラの嬉しそうな声にシオンは思わず 抱きしめる。
「・・・・・・生きて帰ろう、ね?」
「・・・・・・・・・・約束ですよ。嘘つきは・・・・」
「ひどい人とか言ってそっぽ向かないでくれよ」
「もう・・・・・・・ひどい人。でも・・・・・そんな貴方を私は・・・・・」
「そっぽ向かないんだね?」

シオンがそう言うとフローラは頬を赤らめて頷いた。

だって・・・貴方は私の心に差し込む一陣の風ですから。
だから・・・もう迷うのはやめます。だってこれが終われば 私達は・・・・・・

私達は・・・・・・きっと笑っていられることでしょう。
明日の為に。


そう、明日の為に。


そして零れた私の涙を受け止めてくれたこの人を守る為に。
ずっと。ずっと。





 END





投稿者(おんしー様)のコメント

中々イメージを作るのに苦労しました。どこかでこういうのを 書いてみたいと思い、描いてみました。 明日が皆さんにとって良い日でありますように。

管理人のコメント

背景のラナンキュラスの花言葉は「希望の光」です。早くこの家族が幸せを手にするときが来るといいですよね。DQ5って、一人では出来ない事も皆で支えあって力を合わせれば…という言葉を実感するゲームだと思います。おんしー様、素敵なSSありがとうございました!








写真提供:「c*break